勇作さんがレコーディング作業をやっている一方で、ブログでつまらないことばかり垂れ流していて、
不快に思われている方、申し訳ない。
重ねて申し訳ないが、まだやめないよ。
さて、熱心な読者には周知の事実だと思うが、そんな奇特な人は皆無だろうから
も一度説明するが、先日朝起きると携帯の待ち受け画像が変わっているという事件が発生した。
その続報だ。
変わってしまった幾何学模様の待ち受けに違和感を感じつつも、僕はそのままで過ごしていた。
事件には何の進展もなく、きっと自分でやったんだろうという周囲からの言いしれぬ圧力の中、
僕は何もしてないのに、えん罪なのになぜ?と言う思いを押し殺し、気丈に慎ましく生活をしていた。
そして、それは突然に、事件は加速度を増して動き出したのだ。
忘れもしない、あれは事件発生から三日目の朝、いや四日目の朝か、いやいや昼過ぎか?まぁ、いい。
仕事中に何気なく、ズボンのポケットに忍ばせていた携帯で時間を確認しようとしたところ、
もはや自分すらおのれで誤って操作したんだろうと、自らを容疑者と認めつつあったその時、
僕は画面を見て、固まった。
あれ!画像が元にもどってる!!!
なんてこった。こんなことが!
と言う思いを押し殺しつつ、一体いつの間に戻ったのかと記憶を辿ってみた。
しかし、画像が変わっていた期間はたかだか数日、慣れひたしんだ画像はかれこれ二年以上だ。
おそらく、戻った画像になってからもすでに何度か携帯を開いたはずだが、
自然過ぎて気付かなかったと思われる。
まぁ、この際、それは良い。これで僕の容疑は晴れた訳だ。これで、普通の生活に戻れる。
が、しかし、
違和感は拭えない。
デジタル機械で、こんなことがあるのだろうか?
そりゃ、僕のはまだスマートじゃないフォンだけど、叩けば電源の入るテレビでなければ、
ふぅふぅすれば読み込むファミコンカセットでもない。
寝ると画像が変わる携帯なんて聞いた事ない。
そう考えると、そもそも画像は本当に変わっていたのだろうか?
現実に起こった現象だったのか?とさえ思う。
記憶なんて、デジタル機械に比べたらなんと頼りないものか。
所詮、脳が都合良く組み合わせたものでしかないのだ。
やばい、ちょっと京極夏彦の読み過ぎだ。
京極に関してはまた項を改め、書きたい事がある。
とにかく、僕の携帯は不可思議な症状がでているようだ。
ちなみに僕の待ち受け画像は、上杉家御廟所の写真だ。
御廟所の真ん中、上杉謙信のお墓の写真である。
んー、頭大丈夫か?と言われそうだが、謙信ファンなんだからしょうがない。
はてさて、明日はこの携帯、どうなっているのか・・・
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